【天下布武】我にな恐れ給ひそ
――…こは夢重ねても、夢ならば…
覚めよ覚めよと現なき…
小豪族の住まう屋敷の一角。庭へ向けて唐桟戸を開け放ち、広々と雅てつくられた濡れ縁に、琴柱のない七弦琴を緋毛氈の上に据え、壺装束を纏って呪い唄を爪弾く。
朱と銀錦と白に彩られながら、悲嘆にくれた双眸と生気のない青ざめた貌は変わらぬものなれど、今宵も界隈を跋扈する夜盗賊の一団をひきとらえる、という役目を一つ携えてこの屋敷に控えている。何の策であるのか兎も角今は、遠く澄み切った声音でうたっているばかり。
【天下布武】魂散るばかり物な思ひそ
――わが恋は、水に燃え立つ、螢、螢
もの云わで、笑止の螢…
望月をすぎたばかりの望楼館、そのおん方は欄干の上でそれを見ておられた。
人影だけを眺めれば、十と五、六の歳ほどの妾と変わらぬすがたに見える――それとわかっていても、未だ看破する事の出来ない幻法術を常時衣の如くに身に纏う。…徳川伊賀同心頭領、服部さま。
いまの妾の、あるじさまであるおん方。
【天下布武】淵となりぬ
今宵は明月の夜であるし、月見の蕎麦にでもするかなあ。
――そんな気分で行きつけの割烹屋で席を探しているときに、今や伊賀同心の同胞であるところの、水月どのと会うた。
否、水月どのと同僚になるだなどとは会うた頃には思いもしなかったが…
むしろ今ですら奇妙な心地がしてならぬのだけれども…。
それでも、こんなふうに会えばむかしの通りでもあるような気がして、相席を頼みつつ何が美味いか勧めてみたり、ここのお任せ料理が時々空気を読まないことについて語り合うてみたりしていたけれども。
つい落ち着かず歩き回っている所為でまだ治らぬ妾の足の怪我に、水月どのが気がついたらしくどうしたのかと問われた。
――そんな気分で行きつけの割烹屋で席を探しているときに、今や伊賀同心の同胞であるところの、水月どのと会うた。
否、水月どのと同僚になるだなどとは会うた頃には思いもしなかったが…
むしろ今ですら奇妙な心地がしてならぬのだけれども…。
それでも、こんなふうに会えばむかしの通りでもあるような気がして、相席を頼みつつ何が美味いか勧めてみたり、ここのお任せ料理が時々空気を読まないことについて語り合うてみたりしていたけれども。
つい落ち着かず歩き回っている所為でまだ治らぬ妾の足の怪我に、水月どのが気がついたらしくどうしたのかと問われた。
【天下布武】望月の、欠けたることも
望も近しい月あかりにもよく目立つ、その髪のいろを見つけて妾はまた七緒どのに行き会うたのかと思うた。不思議と此処でばかりよく会う殿御であったから。まわりには、例の仟渡忍たちの奇妙な気配が(妾もそろそろ慣れたものだのう…)あったこともある。
したが、まあ、兄の方じゃとはその装束の特徴やら手にした物騒な短筒を眼にしなくてもすぐに気付いた。
気付いてから――妾は、早いところ伝えておかねばならなかったことがあったと気付いて駆け寄ろうとして――思いっきり足先を柱に打った。
……これだから動きの侭ならぬ怪我はだいきらいじゃ…!!
【天下布武】うちよせる波間
船着場で半ば放心して、行き交う船を眺めておった。
厳島に渡るか渡るまいか、否、素直に伊賀屋敷へもどって失敗したお役目についてのお咎めを受けるべきか…。
潮風が治りかけた擦り傷に沁みるなあ、と立ち上がって溜息をついたところで。風で何かを吸い込んだのか思い切り噎せ返っている殿御がおって――ああ、竹どのじゃ!
思わず懐かしゅうて、祭り以来だのう、と声をかけると竹どのは酷く驚いた様子じゃった。
――…この時に、妾は知らなかった。竹どのが、何と小早川の隆景さまの家臣となって共に妾を探してくれていた――などとは。
厳島に渡るか渡るまいか、否、素直に伊賀屋敷へもどって失敗したお役目についてのお咎めを受けるべきか…。
潮風が治りかけた擦り傷に沁みるなあ、と立ち上がって溜息をついたところで。風で何かを吸い込んだのか思い切り噎せ返っている殿御がおって――ああ、竹どのじゃ!
思わず懐かしゅうて、祭り以来だのう、と声をかけると竹どのは酷く驚いた様子じゃった。
――…この時に、妾は知らなかった。竹どのが、何と小早川の隆景さまの家臣となって共に妾を探してくれていた――などとは。

