ぬばたま
手折れぬはちすは、白妙の。 神の花弁を、あけに染め。
DATE: 2008/05/07(水)   CATEGORY: 小噺
【お題】ほろほろほろと、降るよなう
「行くのか」
「行きまする」

玉砂利を敷き詰められた本丸の庭で、城主の言葉に市女笠を手に桜襲の壺装束を纏う十四ばかりの歳の娘が頷いた。
城主は吉川興経、大織冠鎌足より続き俎吉川、鬼吉川と称される武勇の一門に相応しい長身、剽悍の面差しに獣性を秘めこの若さにおいて鎮西八郎にも比肩するといわれるその剛弓の腕、軍団の精強さをを知らぬものは無い。それゆえに尼子の血縁を強くしながらも大内領に近接する領地とその気性の気紛れ様は、両家より危険視されていた。

娘の名は白蓮、或いは『ましろ』。数年前に、川辺から拾われてきた孤児である。
先だっての吉川家中における宮島・厳島神社参拝の折り、厳島棚守佐伯氏により才気を見出されて厳島社中への招きを受けた。――幼子じみた跳ね返りの気性は兎も角、見目容貌だけは確かに抜きん出たところがある娘ではあるが、厳島の内侍(巫女)といえば着飾られた衣裳、容姿美麗であるだけでなく唄舞が名高い、景観絶美にして関より西なるいくさ神と世にも聞こえ多くの大名家贔屓の神地である。
今でこそ吉川縁者とはいえ身の上の知れぬ娘に声が掛かるのも奇妙であるが、今や吉川家に執着する余り良家への養女入り嫁入りの縁組みをことごとく跳ね付けて来た頑なな白蓮が、相手がいかな厳島といえども頷くとは思えない。
――…だが、彼女は頷いた。

「ふん。馬子にも衣装か」
濡れ縁から此方を見ようともせずに、言う。
「……とのさまともなれば、もう少し気の利いたことを仰せかと思いましたのに」

彼らの小倉山城は、足元に石州街道を睨み、背後に新庄川の貫流より大湖水を抱えた丘陵に位置する堅固な要塞である。鬱蒼たる木々の群れに守られていたが、花の盛りの望月のいま、群丘連なるこの地は眼にもまぶしいほどの白花の群れに彩られている。
この庭もまた、少しずつ同じ白さに朧と敷き詰められてゆく時候。

「何にしてもよ。お前に目を着けるとは、厳島の棚守佐伯も物好きなことさ」
「妾も驚き申したゆえ、否定はしませぬよ。厳島神領も相変わらず周辺国人領主の侵略に脅かされていると言いまする。才気とは口実、武働きを期待されておるのかもしれませぬからの」
「――誰が見世物以下の小娘の武芸など」

 呵々として吉川当主治部少輔興経は嘲笑じみた笑い声を高らかに上げたが、こうなればいつでも反論して返していたはずの白蓮も――…今回ばかりは黙りこくっている。
 厳島に仕えれば、こうしてご当主と吠え合うことももうなくなるのだ。

「したが。側室の座を断って厳島内侍を択ぶとは、俺は怒らねばならぬのか?」
「……ああ、あれは…!興経さま、まことの話だったのですか?!てっきり、新手の厭がらせかと思うておりましたが」
「だろうな。俺も案を耳にした時はそう思った」
がつん。返す刀で斬り返され、白蓮が再び押し黙る。
「……どの道、ご家中で妾の扱いに困った結果の苦肉の策でございましょう?とのさまにはご正室どころか側室もあられるし、千法師さままでおられるのに。……拾って来てしもうたものを、今更殺すわけにもゆかぬし。養女や嫁のあてを見つけてやってもいっこうに出ては行かぬし。これまで通りただ飯を食らわせておくのも示しがつかぬ。――何にもわからぬ妾でもありませぬ」
「侮るなよ、吉川一門、山猫一匹飼うに困るほど落ちぶれてはおらぬ」
興経はまだ何か言おうとしたように見えたが、白洲の向こうで若草色の小袖姿の明石が手を振っている。侍女の中でも歳が近く、気丈さがあってか気の会う少女だった。目頭に涙を溜めている姿に胸を打たれる。
「――…ましろちゃん、佐伯さまの駕籠が来たよ!すごく綺麗なの!」
「本当に?馬でゆけると言うたのに…」
「そうもいかないでしょう。ねえ、…嫌だなあ、お嫁に行くみたいだね」
「神の嫁だがの」
少女たちは咲き誇る花より明るく、口々に笑った。
ほど近くにいる城主は、そ知らぬ顔。
「じゃあ、荷物は運んでおいてもらうからね」
「うん――…」
あわただしく駆け戻った明石を見送り、使者を待たせるわけにもゆかぬだろう、と踵を返しかけ。わざと興経に聞こえるように呟く。
「よその子になるのも、嫁に行くのも厭じゃ。でも、厳島にお仕えするとなればご挨拶にも戻ってこれぬわけでもなし。…――妾にしては名誉な結末でありましょう」
「馬を送ってやる」
こっちの話は聞いていたのかどうか、と疑わしいほど唐突に城主の無愛想な声が耳に入った。
振り返る庭先に、まぶしいほどの、花が降る。
何度も無謀な手合わせを挑んで、木刀で手ひどく打ちのめされたのもこの庭だった。
「色気も無い貴様がそういつまでも内侍など務めておれぬとは思うが。千法師が目覚めた時、貴様が居らぬ言い訳も必要だ。――偶には爺いの機嫌も取りに来い」
振り向いた先で、城主はすでにこちらへ背を向けていた。
「とのさまこそ。あんまりそうやって仏頂面ばかりなされておりますと、千法師さまや家臣に嫌われますぞ」
いつもなら、叱咤されるような言葉であったのだけれども返答がない。
……何だろうか、言いたい事があるのならば言えばよいのに。らしくもない。
おそらくそれもお互い様、であったのだろうけれど。

「行くのか」
「行きまする」




白い、五片の花が散る。




――そうして、白蓮が小倉山城に吉川当主としてある興経の姿を眼にすのは、これが最後のことになった。



(小倉山城・数年前。吉川興経(強制隠居より約半年前)、白蓮)
01 桜花之庭 古恋う20のお題
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