【天下布武】化外の民
賀茂の川原を通るとて、文を落といたよのう――
風の便りに、伝え届けかし。
――おれも恋しといふ文を、どことやらで落といた。
そういう遊女とゆきずり男のかけあい唄が聞こえるような、三河国赤坂宿の遊女屋、その一角に蓮の葉の上の露の如くによるべない身の上とはいえ――何故か、いまの妾は世話になっている。とはいえ、遊女に身を落とした心算はない。神かけて!厳島でだって公卿から誘いが来ても客をとったことなど無いのじゃ。
すっかり妾も遁れ者となってしもうたなあ。……ああ、でも鶴織どのもまたさしいれに来てくれるって言うておったし、もう一回くらい貰うてから逃げ出せばよかったかのう…。さすが商売人の顔も持つ鶴織どのの旬のもの詰め合わせは絶妙なものじゃった…(←おなかがすいてきた)あの秋刀魚、炭火で焼いて食いたかったのう…薪でも充分美味かったけど…。
――…ともかく、人を匿うのにこんな場所を世話してくるような知り合いといえば、当然のように城戸なのじゃ。出会えばろくなことがない遭魔が刻のようなあの男、音羽ノ城戸。
でも時々に、こうやって助けるような事もする。
伊賀屋敷を脱走後、どうしようもないので仟渡の兄弟でも頼ろうかと望楼館であたりを窺っておれば。その宵に其処に居たのは城戸の弥左衛門だったのじゃ。なんと当たりが悪い。というかなんで吾主までこんなところにおるというのか。
……どうも、北伊賀・藤林さまの意が裏側で動いても居るらしい。城戸の言うことであるから真に受けられぬけど(でも鶴織どのも怒っておられぬと言うていたなあ…)あっさり妾が行き倒れたりするより、もうちょっと逃げ回っている方が見てるほうとして面白いのじゃろう。たぶん。
木の葉を隠すなら山の中、というか、まあこれだけ女子がいっぱい集まっていれば隠れても居られそうな気は確かにする。
この宿の遊女たち、否彼女等を統括する女長者が既に城戸に何らかの恩があるらしく、預かり物の妾は働かぬでよいのじゃという。厨房では手が出るし掃除も苦手であるからせめて薪割りぐらいしたいのだけれども――そうもゆきそうにない。
何があったのだろう。
否、奴は女に恩を売るのがめっぽう得意な男じゃ。……気を付けよう。
このあたりも今でこそ俗称は遊興場の遊女宿というが、少しばかり旧くは傀儡宿と呼ばうたものじゃという。傀儡は『にんぎょう』の意でもあるが、律令にまつろわず由来の知れぬ漂泊の民をいった。男は狩猟を行い、人形まわしや奇術幻術を得意とする。女は唄舞を得意とし、客を引いたという。
――そして傀儡女たちだけがいまも、こういう遊女宿へその形骸を残している。
瀬戸内の風雅と厳島の気品に親しんでいる妾には、それは泥くさい世界のように感じられもすることは否めぬけれども。色々と、物珍しくもある。
厳島のあねさまたちも、貴人と雅事を介してまあ、寝所に侍るとかそういうことになることもあるようだけれども。一方でそこらへんの参拝客の下世話な誘いがあっても一刀両断、見向きもせずに冷たく追い払うものじゃ。けれども、遊女たちというものは案外、客を断るにも優しげにも見えてあしらいがうまい。
厳島の方が気位が高いというものであろうか…とか、見習って何とするのじゃ妾も。否、彼女ら商売であって厳島は訳が違うもの、掛けあい唄も連歌もっと趣向を凝らすしのう…。(客も教養の水準が高すぎて妾も大変じゃ。)
ともかくも、宿無し一文無しの身の上から免れて。衣食住の世話はありがたくはあるけれども…このまま遊女になるわけでなし、こうしておる訳にも行かぬのじゃがのう…。
【伊賀屋敷/鶴織さま】→【望楼閣/音羽ノ城戸さま】(まざった!)
・いらんことに浪費してくれる大内さんちのお陰で、山口→瀬戸内あたりは無駄に風雅である。
・ほんとに遊女宿があったらしい三河の赤坂宿駅を調べた(暇だなあ…)あれ、三河国は『特に豪貴』って書いてあるぞ。さすがだなやざえもんは。
・赤坂は水辺の遊女系ではないと勝手に解釈してます。
| ホーム |

