【小噺】女たちが知っている
はたして、朱塗りの欄干の上につくねんと腰掛け、厳島内侍達の幽玄の舞いに一人きりで見入っているらしい童女のすがたを彼は見つけた。身なりがよいことから判断しても、この娘子が先刻吉川家の家臣が探していた者ではなかろうか。
思案するうちに、童女の方が欄干の上からこちらを振り返った。少年のような仕草をする後ろ姿の印象以上に、長い黒髪に映える白い貌は濡れた翡翠の珠のごとくにひどく見目うるわしい。
「こなた様は、この神社の神主さまだの」
愛らしく幼い声だが、言の葉は大人びている。
「…ええ。そのようなものです」
実際には棚守、という特殊な呼び習わしがあるのだが――童女相手にあれこれと訂正する迄もなかろう。しかし、あいまいな返答になってしまうのは神主家は島の外に、彼らと別に存在するからだ。
気にした素振りもなく、童女は少しだけ笑んでまた舞に見入る様子。さもあらん巫女舞の優美な衣裳と神秘の奏楽など、幼心に憧れを抱くのも道理かと思えほほえましい。
「すごく、おめでたいものじゃ」
「あの舞が気に入りましたか?それとも衣か髪飾りが…」
「神主さまが、面妖なことをいう」
ごく親しみを込めて優しげに問い掛けたが、思い切り眉をしかめて童女が斜めに睨み付けてきた。
ややも乱暴な所作で袖を持ち上げ、水上の舞台をさし示した。棚守にしてみれば何くれと用事を申し付ける巫女たちの見慣れた面々、その神楽である――はずだった。
「……この神楽の舞い手は五人であるはず」
舞台上には八つの影がある。あきらかに異常だが、どう眺めてもどの舞い手が余所者であるかが奇妙にもわからない。
「おでましに気付いても、お顔はじろじろ見ぬのが礼儀ではありますまいか」
神主さまなのに、面妖な、とふたたびつぶやいて眼を細める。
「では、…あれは」
「――うん。だってここのひめかみさまは、三柱であろ」
何をいまさら、と童女は面倒そうにため息を吐いて首をかしげたが、神楽舞いを眼にすれば嬉しそうに微笑むのだった。雷にうたれたように立ち竦む彼の傍らで。
「すごいなあ、ここの巫女さまはみんな慣れておるのじゃな。驚きもせぬで、楽しそうじゃ――…」
あかるげな童女の笑い声が小春日和の海辺に響くが、彼はまだ瞠目したままだった。舞台の上でそのような神変が起こっているなど特別耳にしたことはない。だが舞い手の内侍たちは確かにひどく楽しげに見える。そのはず、彼女達にとって、特別なことではなかったのだ――能く親しみ見知っているはずの彼女たちへ、すぐ傍にいるこの童女へ。この時ばかりは彼に深い感銘と、悪寒にさえ似た畏れを呼び起こさせずにはいられなかった。
【白蓮(歳十三)と棚守佐伯氏、厳島神社にて】
思案するうちに、童女の方が欄干の上からこちらを振り返った。少年のような仕草をする後ろ姿の印象以上に、長い黒髪に映える白い貌は濡れた翡翠の珠のごとくにひどく見目うるわしい。
「こなた様は、この神社の神主さまだの」
愛らしく幼い声だが、言の葉は大人びている。
「…ええ。そのようなものです」
実際には棚守、という特殊な呼び習わしがあるのだが――童女相手にあれこれと訂正する迄もなかろう。しかし、あいまいな返答になってしまうのは神主家は島の外に、彼らと別に存在するからだ。
気にした素振りもなく、童女は少しだけ笑んでまた舞に見入る様子。さもあらん巫女舞の優美な衣裳と神秘の奏楽など、幼心に憧れを抱くのも道理かと思えほほえましい。
「すごく、おめでたいものじゃ」
「あの舞が気に入りましたか?それとも衣か髪飾りが…」
「神主さまが、面妖なことをいう」
ごく親しみを込めて優しげに問い掛けたが、思い切り眉をしかめて童女が斜めに睨み付けてきた。
ややも乱暴な所作で袖を持ち上げ、水上の舞台をさし示した。棚守にしてみれば何くれと用事を申し付ける巫女たちの見慣れた面々、その神楽である――はずだった。
「……この神楽の舞い手は五人であるはず」
舞台上には八つの影がある。あきらかに異常だが、どう眺めてもどの舞い手が余所者であるかが奇妙にもわからない。
「おでましに気付いても、お顔はじろじろ見ぬのが礼儀ではありますまいか」
神主さまなのに、面妖な、とふたたびつぶやいて眼を細める。
「では、…あれは」
「――うん。だってここのひめかみさまは、三柱であろ」
何をいまさら、と童女は面倒そうにため息を吐いて首をかしげたが、神楽舞いを眼にすれば嬉しそうに微笑むのだった。雷にうたれたように立ち竦む彼の傍らで。
「すごいなあ、ここの巫女さまはみんな慣れておるのじゃな。驚きもせぬで、楽しそうじゃ――…」
あかるげな童女の笑い声が小春日和の海辺に響くが、彼はまだ瞠目したままだった。舞台の上でそのような神変が起こっているなど特別耳にしたことはない。だが舞い手の内侍たちは確かにひどく楽しげに見える。そのはず、彼女達にとって、特別なことではなかったのだ――能く親しみ見知っているはずの彼女たちへ、すぐ傍にいるこの童女へ。この時ばかりは彼に深い感銘と、悪寒にさえ似た畏れを呼び起こさせずにはいられなかった。
【白蓮(歳十三)と棚守佐伯氏、厳島神社にて】
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