【追憶小噺】 まぼろし・壱
いつのまにか夏も終わっていた、安芸の布川。
おそろしい話を耳にして、妾は宮島から白馬ハヤヒの息を限界まで追い詰めて、夏に訪ねたばかりだった興経さまの隠居屋敷に舞い戻った。…真新しく外壁にぬりこめられた漆喰の白はまぶしいまま、さほど広くもなく、粗末とは言わないが質素ではある。
……どうしてこんなに、静かなのか。
こんなにも血の匂いが濃いのか。
おそろしい話を耳にして、妾は宮島から白馬ハヤヒの息を限界まで追い詰めて、夏に訪ねたばかりだった興経さまの隠居屋敷に舞い戻った。…真新しく外壁にぬりこめられた漆喰の白はまぶしいまま、さほど広くもなく、粗末とは言わないが質素ではある。
……どうしてこんなに、静かなのか。
こんなにも血の匂いが濃いのか。
夏には、お方様(興経の奥方)が植えさせたという白い秋明菊、赤い紅葉葵、紫紺の竜胆、花々は鮮やかに白壁に色を添えてきれいだった。…かれらが毛利さまの領地内でもある此処に謀略で幽閉されたのだ、という事実さえ甘く霞むほどに。
『おう、白蓮殿。また、うちの殿にぶちのめされに来たか』
興経の子飼い兵、もっとも精鋭でもある手島五兄弟の長兄、手島内蔵丞が見回りの途中だったか馬の上からそう声を投げかけてくると、日に焼けた顔で笑う。
『お方様、ましろちゃんが来たよ!』
お城の頃から興経夫妻まわりの女中をつとめていた、気丈で世話好きの明石どの。隠居屋敷では人が足りぬから自分も護衛兵なのじゃと言うて槍を振り回し、吉川の娘はそんなのばかりだと家臣の村竹どのを失笑させた。
『……まあ、すっかり娘らしゅうなって。その後、厳島では不自由はしておらぬか』
ああ、女児がおらぬからとはいえ、女子の衣装や簪など着飾らせようとしてくるのはしばしば閉口したけれど。気高く優しかったお方様。気が休まる訳はないのに、いっそ隠居させられたならばもう、いくさには行かないでくれるであろうからと寂しそうに嬉しそうに笑っておられた。
『まだ、いたい?』
……二月も前に、父上興経どのと妾が打ち合いをやって怪我をしたことを、まだ覚えていた千法師さま。すっかり傷痕も消えたてのひらを見せると、お日様のように笑った。気弱じゃとお父上は苛立っておられたが、代えがたい美徳を持っておられた。何年か後にかなうであろう、元服を楽しみにしていた…毛利さまに寺にでも放り込まれるのではないかと心配でもあったが。
まさか、そのほうがましじゃと思うような――惨事になろうとは。
『お前の力では冑ごと切り落とす訳にもいくまい。急所をよくよく狙い、刺突で仕留めろ。両手利きならば二刀あれば都合も良い』
そういう殿御自身ならば兜ごと敵の頭蓋を叩き割れる剛力の持ち主。とにかく、破格に強かった。まつりごとにはさっぱり興味がなく、しかし強弓の腕は称えて鎮西八郎の再来。尼子勢に与したときには、毛利さまを敵に回しても唯一優勢であり続けたといわれる剛将…とはいえ他の味方が総崩れになるのに嫌気が差して大内方に寝返ったりする気紛れさもまた、豪気なもの。
この方には大半、木刀と竹光で打ちのめされた記憶ばかりがあるけれど。時には蹴られたこともあったけれど。ただの無法者などではなかったよなあ、あのお家でどうにも馴染めずにいた妾に家人らが、親身になってくれたのもそうして傷だらけにされてからだったもの。
――…厳島神領の小競り合いに混じり、敵のしるしを複数上げたと言えば、お方様は青い顔をしているのにあのお方は膝を叩いて笑っておられた。
『流石は吉川の門をくぐった女子よ!……天国作刃渡り一尺七寸、小烏丸の太刀。厳島の者が持てば縁起もよかろう、遅れはしたが初陣祝いに呉れてやる』
――なあ、興経さま。
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…チャットログの前振りに入れようとした回想がまたしても長くなったので、抜き出しました。チャットのほうの時系列からするとここから数ヶ月たってるかどうか、っていう程度なのかなあ。(否、元春さま18だとまだ興経さまも死んでないぞ…)そりゃ傷口がまだ深いわ…。
どうしてろくにスポットもあたらない興経話にこうも力が入るのか私もわかりません。
ちょっとだけつづきます。
※小烏丸は造りが小烏丸(切っ先諸刃)なのであって国宝の小烏丸ではありません。平家の刀だというイメージ強いので厳島云々、と興経が言っています。この造りは突き刺しに向くそうです。
※興経が郡山城の戦いの終盤に味方が総崩れするさなか、vs毛利で手勢1000騎で猛反撃、がんばっていたのは史実らしいです。厭になって元就さまも撤退しています、大局で見れば毛利勢勝利だったし…。
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