ぬばたま
水に燃え立つ螢、螢 もの云わで、笑止の螢
DATE: 2008/02/28(木)   CATEGORY: 独語り録
【天下布武】面影鏡
またしても間があきすぎてログというかなんだか微妙なことに。


すべてを失ったと思ったあのときに、もう一度、底冷えする水の下より引き上げてくれる腕があるなどとは――もう、予測も願いもしていなかった。
すべてを失ったと思ったあのときに。その空虚に求めたものは、移ろうこともないただの静寂。道順と同じように、この身も水で滅ぼそう。
赦されることがなくとも冥い水の深みでもう一度出会うために。
願わくば、ともにたゆとうて眠ることが出来たなら、それ以上に何を求める。


水面の向こうで、水鳴が嗤う。
あの女童は今もきっと、道順とともに眠っている。
――…家を失い、里を失い、道順を失い、水神の寵を失い、何が為に生きて在り続けるのかと。
無様で無力なだけの小娘が、何故、おめおめと生き延びているのかと。

……妾が死にたかったということは、こなたも知っておるはずではないか。水鳴。
逃げるためではなく滅びるために入水したのだぞ。
死ばかりを望まんとして。
…ああ、ちがう、それでも妾はじいさまに会いたかった。無力で無様でも。会いたかった。
記憶が混乱しているのは、多分、思い出しつつある断片であるからというだけのことではない。

ただ、しかと残っている事実は、この身が幼い時分にとはいえ里を遁がれて落ち延びた、伊賀者であると。


……久しぶりの邂逅に。
焦燥のあまりに討たぬのか、殺さぬのか、と詰問すれば。水月どのは困った顔をした。何故であろうか。
妾だって今はようやく、思い出せる。この歳のそう違わぬやきもの師だと名乗った相手が、伊賀でわざを学んだ者であると。昔から互いに顔を知らぬ相手ではない。
未だ里に属するものならば、こなた殿は妾を討たねばならぬのだろう?
…だから今までも探るような言葉をかけ、伊賀へすら誘うたのであろう、あれは罠でもあったのやもしれぬ。妾も何も気付かずに、愚かであったことよ。さぞ可笑しかったものであろうて。

罠ではない、と水月どのは言う。望むならば、まだ妾が知らぬことを伝えよう、とさえ。
何が、どちらが詐略かはわからぬ。…互いに伊賀者である限り、そう疑わねばならぬことがむなしい。
けれど、ほんとうに妾が抜け忍であり水月どのが伊賀者ならば、こんなやりとりすら省いて首を取ってしまうのも道理であったはずなのに。わからぬまま、妾は頷いた。

『時に、伊賀の里で、水鳴上臈、と呼ばれる子が居った。その子は――祟ると、皆の周りでは言われている。何故なら、死ぬからだ、畳の上で"溺れて死ぬ"のだと。』

弥左衛門にもそのあたりのくだりを聞いてはいたが、水月どのまで言うのならば、残念ながら事実であるのだろう。妾が化生だということは、…少なくとも、そうであったということは。

そうだ。またの名を、みかがみの眞白という。しかし、皆、水鳴上臈、と呼んで居った。

ましろ、は吉川に来てからも呼ばれた通り名であったのに!
…『白蓮』の蓮の字を墨で書き損じて、『白』(ましろ)と戯れで呼ばれるようになったと、それだけのことではなかったか?

その娘は、呪以外にも様々な事を起こして見せた。冬に李を囓り、寒さを凌ぐよう獣が自然と集まる。そのような娘であった。その時、己は何度か見ている、水遁の修行の時にも。その娘は北伊賀に居られる、楯岡ノ道順、のもと、修行をしていた。

――…ああ、道順。
無声伝心で語らうことができた、妾の師。最初に妾を水から引き上げた恩者、父のようで、兄のようであった術師。その忘れえぬ名。

だが――己が十位の頃、娘は滝に足を滑らせ、行方知らずとなる。かの娘は以前、一晩水で生きていた、生きて居るであろうと思われたが姿は見つからず。そうしてその日に、その子の師匠である楯岡ノ道順が、砦の中で水を吐いて、死んでいた。…幻術が得意ではないか?何か――そうさな、神を降ろしの様な。あるいは、背に何かあるまいか。

妾の得意は、幻法術。どこで習うたかは忘れた。
妾の背には、鱗の痣がある。

――道順を殺したのは妾であるのか?…
考えるほど、気が惑う。狂おしくも、心が震える。そうではないと思いたい、けれど水鳴のときでさえ、あの通力は活殺自在とは呼べぬしろものであったのだ。

…けれど、もう、その通力はない。水の神に厭われた様に怯懦のみで縫いとめられ、余りに未熟で不安定な断片の力を残したまま、放り出されて生きながらえている妾は何であろう?死んだはずの水鳴の、亡霊か。

ともかくも、水月どののほうでも、妾が記憶があるのかないのか、ほんとうに水鳴であるのか、里から姿を消したのが事故であるのか故意なのか、判断もつきかねていたらしい。正直なところ、妾だって今もよく分からぬ。死にたくて飛び込んだとはいえ、それは遁走であろうか。

それにしても、妾と行き会うてしまって放置しては水月どのに同胞の障りでもあるのではないか――と問うてみれば、仕置きは藤林の方で行う故手を出すな、と音羽ノ城戸が言っていたらしい。そんな事実を差し引いても、やはり水月どのは妾に優しすぎたのではないかと思えるけれど…。
……頭がいたい。弥左衛門(城戸)とは道順を介して会ったこともあるし、塒が近かったような気もするけれど、記憶が薄い今であっても情けをかけてくれることなど…とうてい期待することは出来そうにない。
花火師の一党の手を煩わせたくはないと思っていたのに、この侭では…。


※色つき部分一部、言い回しが美しかったので、ついつい水月さんのログよりそのまま抜き出しています。(謝)…順番的に、このログは元春さまに『吉川を出て行く』とかだだをこねたより前だった気がします。本当は。
面影鏡:望月家の祖といわれる、甲賀三郎の三つの神宝のひとつ。魔除けらしいけれど使い方がよく分からない。
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